いくつかの短いお話 ピエロ団員日誌
ピエロ団員日誌
(1999年筆)
○月×日△曜日 団員日誌
私の職業はピエロ。 このDEで何度か登場しているのは、私の先輩であり 仲間達だ。
「職業がピエロ」というのは、世間では珍しいだろうが、なにせ私のまわりは、いつもピエロだらけなので、まさしくピエロこそ日常である。 今回は、笑うに笑えない私のピエロ日誌をご紹介しよう。
我々ピエロがよく使う小道具に、風船がある。 子供には格別の人気だ。 何がそんなに魅力 的なのか、日々風船を扱う我々にとっては不可解なのだが、とにかく、どこに行っても風船は人気者だ。 かく言う私も、先輩ピエロが初めて目の前でピンクのプードルを作ってくれた時には、感動して鞄につけて帰った記憶がある。
細長いペンシルバルーンで、あれよあれよという間に動物を作ってしまうのは、確かに見事ではある。 我々はこの効果を最大限に活かして、芸を磨く。
ある晴れた日曜日、現場は片田舎の町祭りだった。 いつものようにしっかり時間をかけてピエロに変身した私は、自分の姿に満足し「今日もみんなに楽しんでもらうぞ!」と気合を入れて、いざステージへ。
軽快なBGMにのって、早速バルーンを披露。 「よし快調。」 この日のステージは20分間。 場所柄もあってか、観客は年輩の人が多かった。 1つ2つ風船を作って客席にプレゼントした後、メインの演目に入る。 お客さんにステージへ出て来てもらうのだが、恥ずかしがる人も多い。 しかし、舞台からのピエロの熱いアピールを感じてか、たいていの人は来てくれるのだ。
この日私が招いたのは、白髪の上品なおじいさん。 とても協力的で、温ったかそうな人だった。 ステージで迎える私は大満足。 さて何のネタにしようか、おじいさんを見てピエロの私は考える。 よく使うネタが、いくつかある。 これは我が道芸団メンバーの共通のものなのだが、同じネタでも、演じるピエロによって 笑いのツボは随分異なる。 おこりんぼピエロ、おすましピエロ、おっちょこちょいピエロ。 ピエロの性格は様々だ。 それらを演じ分けることができれば、いくらでもバリエーションはうまれる。
「よし、あのネタにしよう!」 私は白い風船を4本、ポケットからおもむろに取り出す。 おじいさんには、前を向いて両手をしっかり真横に上げるように指示。 もちろん、しゃべらずにパントマイムで伝える。 私は、どんどんおじいさんに指示をする。 「もっと高く手を上げて、ううん、そうじゃなくって、しっかり伸ばして、よそ見をせず前を向いて。」 おじいさんもピエロの言いたい事を分かろうと必死だ。 「こうかな?違うかな?」 この2人のやり取りが、観客にウケる。
おじいさんの腰に風船を巻き付け、輪っかを作って頭にかぶせ、残りの2本で大きな蝶々 を作った。 さあ、いよいよ完成。 この蝶々を背中につけ、輪っかを頭の上で持ってもらって「ハイ、天使の出来上がり!」
このネタは、小さい女の子だと単に可愛いだけだが、がっちりしたお兄さんや おばさんだと、そのミスマッチがウケる。 ステージの上で天使に仕立てられた白髪の上品なおじいさんは、ニコニコ笑顔。 客席からも大きな拍手。 私は気持ち良く舞台をおりた。
「今日の出来は、なかなかいいぞ!」との満足も束の間。 後輩ピエロが私のそばにやって来て一言、「あれはマズいです。 あの『ネタ』はマズいです。 おじいさんに天使なんて、シャレになりません。」 顔が青ざめた。 その直後、団長からお達しが出たのだった。「本物の道化として一人前になるまでは、万事慎重に。」 こうして、気配りという名の芸は磨かれる。
つづく
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(DE5号 1999年11月15日発行)